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気田川だより、ゆうかぬう
 

夜明け前 霧の気田川
夜明け前 霧の気田川


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ゆうかぬう はじめの話 (2001.2月更新)

その1 一冊の文庫本

5年前の、ある夏の日、会社の休憩時間。
いつものように長いすに座って本を読んでいると、向いでやはり本を読んでいる 「ゆきぼう」(当時の同僚)が、
フト「山中さん、この本面白いですよ」と、 一冊の文庫本を手渡した。それが『のんびり行こうぜ』(野田知佑著・新潮文庫)。

ひとばん借りて、面白くて面白くて一気に読んでしまったぼくは、その後、野田さ んの本すべてを読みすすみ、
グイグイとその世界に魅了されていった。

一連の著作の 一貫したテーマは、「川、カヌー、自由、旅、遊び、自然...」といったものだが、
ひとことでその魅力をいいあらわすのは、とてもむずかしい。

マサキの園芸種  好きな樹のひとつ
(本文とは関係ありません。)

その頃のぼくは、開高健の『オーパ!』シリーズや小説などを読んでいて、自然へ の憧憬、というか、自然の中で遊びたい、そしてもう一方で、旅へのあこがれという 傾向をつよめていた。  

そんなときに、トドメをさすかのように現れたのが「野田知佑的世界」だったのだ。 (つづく 次回予定「2.初めての川下り」)

 

その2.初めての川下り

さっそくアウトドアショップに行ってみると、ちょうど「半額目玉商品」という ファルトボートつまり折畳み式のカヤックがあり、色も赤と黒のツートンで、とてもカッコよかったので迷わず買ってしまった。
ノーティレイという、フランス製のフネだった。

野田さんの本だけが、教科書だった。
秋に、菊川や太田川の、河口の静かな水面で二日ほど練習をした。

そして12月12日早朝。
いよいよ初の川下りをしに、春野町の気田川に向かった。
橋のたもとに着くと、川面は乳白色の朝霧に包まれていて、空気は冷たくひきしまっている。
秋葉神社にほど近い、大正時代に作られた秋葉橋から川を眺めていると、八十年配 の老人が一人、こちらに歩いてきた。

その人に声をかけ、昔の川のようすなどを聞く。
すぐ近くに住むその老人は、橋のたもとにある小さな観測小屋にときどき来て、水位などを測っているのだという(建設省かどこかから委託されているのだ)。
老人の話によると、昔の気田川は今の2、3倍の水量があり、もっともっときれいで、川原には、大きな岩がゴロゴロしていたという。

上流にダムができたり、山の大規模伐採による土砂の流出がたびかさなったりしたので、若い頃遊んだ清流は、ずいぶんとその姿を変えてしまったと嘆いていた。
川霧が晴れて陽が高くなろうとする頃、橋の下の川原で、ようやくフネを組み立て終える。
ライフジャケットを着て、パドルを手にカヤックに乗り込み、いざ出発。

思ったより流れは速く、フネはどんどん進んでゆく。
透明な水を通して、川底の小石までよく見える。

水の上を飛んでいるような、爽快な気分だ。
フネが上下左右にゆらゆら揺れる緊張の中にも、しだいに気持ちよさが混じってくる。
速い流れの中で漕ぐのはまったくの最初なので、パドルさばきはとてもぎこちなく、思うようにフネをあやつれない。

最初の浅瀬でフネがつかえ、一度フネをおりて、水深のあるところまでひっぱってふたたび乗り込む。
ふたつめの瀬は見るからに手ごわく、恐ろしかった。
道路や川原から見るのとは、 ぜんぜん迫力が違う。
大きな瀬音や、波の強さに威圧されてしまう。

「いったい、この瀬を乗りきれるだろうか?? どう行けばいいのだろう??」
と考える間もなく、フネは大波うずまく瀬に突入していった。(つづく 次回予定「3.初めての沈(転覆)と帰り道」)

 

その3.初めての沈(転覆)とその帰り道

つぎつぎと襲いかかる波が、クルクルとフネをほんろうする。
必死でパドルを振り回して漕ぐ努力もむなしく、とうとうフネは後ろ向きに。

(マ、マズイ!)

瀬は二段になっており、後ろ向きのまま 水しぶきを浴びつつ揺られながら、さらに大きな瀬に入っていく。
「転覆するかもしれない...」
思わず、頭の中で転覆に備える。
「もしひっくり返ったら..まずフネから脱出して..  パドルはしっかり握って ..フネもできれば確保して...」
背をかがめ、重心をなるべく低くした。

裏山の木々が一斉に萌え始めた。
(本文とは関係ありません)

ふわりふわりと、二三度大波にゆられると、フッと波が消え、 フネは滑らかな水面をスーーッとすべった。
「ああ怖かった。でも、面白いなぁ!!」

ワクワク・ドキドキなんて陳腐な表現だけど、まさにそんな感じ。
次のあのカーブ、あそこの瀬はどんなだろう? 少年時代の新鮮な驚きと好奇心。
一人の子供に戻っている自分。
川は蛇行し、瀬と淵とを交互にくりかえした。

いくつかのカーブをすぎると、長い瀬があらわれた。
中途半端な深さで、 中くらいの岩がゴロゴロして、白い波を立てている。

フネの底をガリガリと岩にこすりながら行くと、大きめの岩にひっかかり、 身動きがとれなくなった。
フネに乗ったまま左右に体を揺らして、岩から 離れようとするが、うまくいかない。
と、不意にフネはバランスを崩し、あれっ?と思う間もなく横倒しになった。

水が勢いよくフネの中に入ってきて、ますますバランスを失くしたフネは、 あっという間にひっくり返り、ぼくの体は水中に投げ出された。
12月の川だから水は冷たいのだが、冷たいなんて感じている余裕はない。
「すぐにフネを岸につけなくちゃ! 水がフネいっぱいに入ってしまえば、  重くて一人では動かせなくなる!」
さいわい、足は川底に着く。

ぼくは流れの圧力をこらえて立ち上がり、 フネをつかんでエッサ、コラサ。
無我夢中で川原に上がった。
風はなく、川原には春のような陽射しが満ちている。
ふぅ、やれやれ...。

たった今、自分が沈んだ川の流れに目をやると、 なぜか唐突に、笑いがこみ上げてきた。
「ワーハハハハハハハハハ...!!」 腹の底から笑うという表現があるが、まさにその笑いだ。
なぜ笑うのか、自分でも分からない。

今までの緊張の糸が切れたのかも知れないし、 まったく一人きりで、初めて川を下って、初めて「沈」ができて、うれしかったのかも知れない。
あんなふうに笑ったのは、ほんとうに久しぶりで、ひょっとしたら、 生まれてから死ぬまでに、そう何度も出ないような笑いだと思う。
おおげさかも知れないが、正直な感想だ。
そうしてしばらくの間、ぼくは川原に突っ立ったまま、 川の流れを見つめてニヤニヤしていたような気がする。 (つづく 次回予定「4.川原でのお説教 」)

 

その4.川原でのお説教          (2001.3月 更新)

(前回の話で、タイトルが「初めての沈とその帰り道」となっているが、
「その帰り道」の話を書き忘れた。
簡単に言うと、その川下りのあとの帰り道、ぼくは17年ぶりにヒッチハイクをやり、
もと来た出発点の川原までもどったのだった。すなわち、フネは終点の川原において
おき、身ひとつで川の上の道に出て、通りすがりのダンプをつかまえたのだ。
これ以後、ぼくの川下り(横文字でカヌーツーリングともいう)のスタイルは、
基本的に「川下り&ヒッチハイク」となった(その逆もいいが)。
ヒッチハイクと旅については、いつか機会をあらためて書くつもりだ。)

ある冬の日のことだった。
初の沈で川の洗礼を受け、とりつかれたように気田川に通いはじめた僕は、
その日はゆっくりと、気田川の下見をしていた。見ているだけでも気持ちがいいのだ。
すると、カヌーツーリングをしているフネの一団をみつけ、まだ駆け出しだった僕は
参考に話をきこうと、ツーリングを終えた彼らに近寄った。

挨拶をして、自分がまだカヌーの初心者であることを告げた。
彼らは神奈川の、あるカヌーショップのツアーで来ていた人たちだった。
そのショップの店長と話をしていると、だんだんと、ぼくに対する
尋問とお説教のような雰囲気になってきてしまった。
以下、そのやりとりをかいつまんで書く。

店長「君はカヌーをどこで買ったのか?」
ぼく「****というアウトドアショップです。」
店長「そんな所で買っちゃあダメだ!
    カヌーの乗り方も教えてくれるような、ちゃんとしたショップでないとダメだ。」
  「どんなフネに乗っているんだ?」
ぼく「ファルトボートです。」
店長「ファルトボートは初心者向けじゃない。誰と行ったんだね?」
ぼく「一人でやりましたけど...」
店長「それは無謀というものだ! なにか事故でも起こしたらどうするんだ?!
  人に迷惑をかけるだろう?
    遊び半分な気持ちでカヌーをやり、よく事故を起こすヤツらがあとを絶たず、
  われわれカヌー業界はメイワクしてるんだよ。
  カヌーは、カヌー業界全体の利益を考えてやってほしい。」

そこにいたもう一人の、少し太めのカヌーショップ店長はこう聞いてきた。
店長2「練習はしたのかね?」 ぼく 「はぁ、河口でちょっとやりましたけど...」
店長2「それじゃダメだ!! 川下りは、静水で500mを2分50秒のタイムで
    漕げるようになってからでないと、やってはイケナイ。」
   「うちの店で週に一度、ダムで練習をしているから、来てくれてもいい。
    一日8千円だ(たしか8千円といった。どうでもいいが)。」

それからまた彼らは、
「ぼくらは気田川には年に40回以上ツーリングにきている」
(商売なんだからアタリマエだよなぁ...) とか、
いかに彼らが日本のいろんな川を下ってきたかを自慢げに話した。
彼らによると、川下りにも「ランク付け」があるらしく、
どこそこの川を何km以上やらないと一人前ではない、だとか
どの川のどの辺り(難所のことだ)を経験しているのかが、その人のカヌーの実力の
目安だ、とかいうことを、とうとうと僕に語り聞かせた。

彼らのいうことについて、どこか釈然としない気持ちが生じたが、
自分はまだ初心者でもあり、痛いところを突かれていたので、
黙って謙虚に話を聞いていた。
痛いところというのは、実は、話をきいたその川原にいくとき、土建屋所有の道らし
きところを通らねばならず、「立ち入り禁止」の看板を知りながら、ぼくは話をきき
たい一心で、その道を通って川原に行ってしまったことだった。
彼らはその土建屋とは契約を結んでいて、そこの川原をツーリングの終点としていつ
も使っているのだった。
このことは100%ぼくが悪いので、あやまるほかはなかった。

まったく、痛恨の一件ではあったのだが、「カヌー業界」のベテランである
彼らの話を聞けたことは、ぼくにとって貴重な経験だった。

あなたはどう思うだろう?
川下りを一人で始めてはイケナイのだろうか?
カヌーショップでお金払って指導を受けてからでないと、川下りは危険なのだろうか?
「500mを2分50秒」で漕げないと、川下りをしてはイケナイのだろうか?
「カヌー業界」って何ですか? そんなことまで心配しながら遊ぶんですか?

ぼくの答えはすべてノーだ。
川下りをするときは、ライフジャケットを着けていれば大丈夫だ。
初めての川はちゃんと下見をして下っているし、危険かどうかの判断は自分でする。
その判断が、もし初心者ゆえの未熟さで誤っていたとしても、それによる失敗は、
自分だけで得た教訓になるだろう。仮に、それで死んでしまったとしてもそれはそれ
で仕方がない。「カヌー業界」などというものとはあまり関係がないと思う。
ときどき、新聞で「カヌー転覆、一人死亡」などという記事をみかける。ほとんどが
ライフジャケットをつけていないのが原因で、これだって、その人がそう判断しただ
けだからその人の責任なのであって、だれもそれで「カヌー業界」を責めたりはしない。
人のメイワク(救助、救難)をいちいち考えていたら、たとえば登山やサーフィンな
ど、何もできなくなってしまうじゃないか? プロの人たちだって、遭難して「人に
メイワクをかける」ことはあるのだ。

「500mを2分50秒」には笑うほかはない。
なにも、カヌーの選手になるのではないのである。
競技は競技で、別にやりたい人がやればいいのである。
そんな筋力やタイムとはまったく関係なく川下りはできるし、楽しめる。

ぼくは遊びたいだけなのだ。
美しい自然の中、水の上で揺られ、のんびりと景色をながめながら、
季節の花をめで、鳥の声をききながら、きれいな川を下り、川原でお茶を飲んだり、
昼寝をしたりする。そんなことが楽しいだけなのだ。
川下り・カヌーツーリングというものは、自然と親しみ、心身をリフレッシュするに
は、うってつけの遊び、レクリエーションだと思う。
そしてそれは、コムヅカシイことをいわなくても、老若男女、誰にでもできる遊びだ。

きっとあの人は元ボートの選手かなにかで、
自分の狭い了見で人をしばりたいのだろう。
彼らは、彼らのナワバリである「カヌー業界」から
少しでもはみでたカヌー・川下りを許せないのだ。
彼らが認めるのは、自分の店でフネを買って、
自分たちのツアーに参加する人だけなのだ。

カヌーや川下りをするのは、もっと大らかな人たちにちがいないと思っていたぼくは、
川原でのお説教を聞いてまったく意外だったとともに、早い時期に、その
「カヌー業界」とやらのくだらなさを知ることができて、幸運だったと思っている。
こんな「業界」からは、これからも無縁でいたいものだ。

もちろん、そんなお説教など垂れない、楽しいカヌーショップも存在する。
ちゃんと教わってカヌーを始めたい人は、店をよく選んでからにした方がいい。



◆ 貴重な自然を守るため、少しでも力になれたら
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'97 吉野川にて
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